大型ヘリカル装置(LHD)における研究

 核融合科学研究所ではらせん状の超伝導コイルによって生成する磁場によって高温プラズマを閉じ込める大型ヘリカル装置(LHD) を用いて、高温プラズマの閉じ込め研究が行われています。LHDはQUESTやPLATOなどのトカマク型装置とは異なるヘリカル型装置で、高性能プラズマを長時間維持しやすいという特徴があります。
 本研究グループでは高温プラズマの閉じ込め性能に重要な役割を果たしていると考えられる電位分布やその揺らぎ、及び密度の揺らぎを計測するための計測器である重イオンビームプローブ(Heavy Ion Beam Probe : HIBP) (*) の開発を進めています。また、そのHIBPを用いてLHDにおける電場形成の物理機構の解明や、プラズマ内に発生する様々な不安定性に関する研究を進めています。

(*)HIBPに関してはプラズマ・核融合学会誌に解説記事があります。 http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2010_09/jspf2010_09-507.pdf


LHDにおける重イオンビームプローブ(HIBP)の開発

 プラズマの中心領域での最大磁場は約3TであるLHDにHIBPを設置するには、プローブビームとしてMeV級の重イオンビームが必要となります。そのために3MVタンデム加速器を用いて金イオン(Au+)を入射するシステムを開発しました。概略図を下に示します。現在さらなる高精度化を目指して、イオン源や検出器の開発を行っています。

LHD用HIBPの全体図。地下室に設置した3MVタンデム加速器で金の1価イオン(Au+)を加速し、LHDの下側から入射する。プラズマと衝突して電離が1つ進んだ 金の2価イオン (Au2+)を取り出し、エネルギー分析器する。このエネルギーの変化がイオン化点における電位に相当する。

この話題に関する論文

  • T. Ido,  et al. “6 MeV heavy ion beam probe on Large Helical Device”  Review of Scientific Instruments, No.10, vol.77, p.10F523 (2006) https://doi.org/10.1063/1.2338311
  • Takeshi Ido, et al.,“Electrostatic Potential Measurement by Using 6-MeV Heavy Ion Beam Probe on LHD” Plasma and Fusion Research, Vol.3, p. 031 (2008) https://doi.org/10.1585/pfr.3.031

磁場閉じ込めプラズマにおける電位分布形成過程の研究

磁場閉じ込めプラズマ中に形成される電位分布は、プラズマ中の熱輸送及び粒子輸送に大きな影響を及ぼします。特にヘリカル型プラズマにおいては、電場は粒子軌道への影響や乱流への影響を通じてプラズマの閉じ込めに大きな影響を及ぼすと考えられています。そのため、様々な実験条件下でプラズマ中の電位分布を計測することにより、電位分布形成の物理機構の解明を進めています。最近は、従来の1次元空間分布計測だけでなく、2次元空間分布の計測手法の開発に成功し、これまで得られなかった新しい計測データを基に研究を進めています。

電位分布計測例。 (左列)高イオン温度放電時における計測例 ((a)イオン温度、(b)電子温度、(c)電子密度、(d)炭素イオン密度、(e)電位分布, (f)HIBPによる電位分布から求めた電場分布と新古典理論で予測される電場分布の比較。
右列上:様々な手法による電場分布の比較(g)HIBPによる計測と他計測器(荷電交換分光”CXS”)による計測の比較と、(h)HIBPによる計測と新古典理論予測(“DCOM”)の比較。 右列下:2次元電位計測の例

この話題に関する論文

  • T. Ido, et al., “Experimental study of radial electric field and electrostatic potential fluctuation in the Large Helical Device” Plasma Physics and Controlled Fusion, 52, 124025 (2010). https://doi.org/10.1088/0741-3335/52/12/124025
  • T. Ido, et al.,“Electrostatic Potential Measurement by Using 6-MeV Heavy Ion Beam Probe on LHD” Plasma and Fusion Research, 3,031 (2008). https://doi.org/10.1585/pfr.3.031
  • A. Shimizu, et al., “2D potential measurements by applying automatic beam adjustment system to heavy ion beam probe diagnostic on the Large Helical Device” Review of Scientific Instruments, 85, 11D853, (2014). https://doi.org/10.1063/1.4891975

高速イオン励起帯状流の研究

 LHDを含め、多くの磁場閉じ込め装置においてはプラズマを加熱するために高エネルギーの中性粒子を入射します(Neutral Beam Injection:NBI)。入射された高速の中性粒子はプラズマと衝突してイオン化されることにより高速のイオンになり、磁場に閉じ込められながらプラズマと衝突を繰り返すことによりプラズマを加熱します。この高速イオンの圧力分布や速度分布関数の形状によっては、プラズマ中に不安定性を引き起こし、高速イオンの閉じ込めを劣化させることがあります。 将来の核融合炉においては反応生成物である高速イオン(D-T反応の場合はヘリウム)が存在し、これがプラズマの加熱して核融合反応を維持することに寄与することが期待されていますが、上記と類似の不安定性が起こると高速イオンの損失が起こり、加熱パワーが下がってしまう可能性があります。そのため、高速イオンが存在する条件下でどのような不安定性があり、高速イオンやプラズマの閉じ込めにどのような影響があるかを調べることが重要です。
 本研究グループでは、特に高速イオンによって励起される測地線音波(Energetic-Particle-Driven Geodesic Acoustic Mode:EGAM)と呼ばれる帯状流(*)の構造を持つ不安定性に注目して、実験研究を進めてきました。上述のHIBPにより高温プラズマ内で電位の揺らぎと密度の揺らぎを同時に測定したことにより、EGAMが実際に帯状流であることが明らかになりました。また、従来考えられていた周波数の振る舞いとは異なる振る舞いを示す場合が明らかになり、理論・数値シミュレーションの発展を促す結果になっています。まだ、EGAMがプラズマにどのような影響を及ぼすかは明らかになっておらず、現在それを解明するための実験を進めています。

(*)帯状流とは、速度の異なった長れの層が層状(帯状)に存在しているせん断流であり、せん断流はその大きさによっては乱流を抑制するため、プラズマの閉じ込めの改善に寄与すると考えられています。

(a)EGAMの空間分布測定例。図中”GAM”と示したものがEGAM。20kHz程度のEGAMがプラズマ中心近傍に存在していることを示している。(b)赤で示した領域にEGAMが存在しており、断面図の矢印で示したような流れが発生していると考えられる。

この話題に関する論文


EGAMが示す非線形発展 ー突発現象の物理ー

上述のEGAMは高速イオンとの共鳴によって励起されますが、その共鳴によってイオンの速度分布関数にできた歪が速度分布関数上で発展していくのに伴い、EGAMの周波数が上昇します。我々の実験により、このEGAMの周波数が本来のGAMの固有周波数の2倍に近づくと、その半分の周波数、つまり固有周波数を持つGAMが突発的に励起される周期倍分岐現象がLHDで発見されました。これを受けて理論解析により、EGAMが非線形不安定性の一種である亜臨界不安定性として励起されうることが示され、その理論予測がLHDでの観測結果を定量的に一致することが確認されました。亜臨界不安定性は下図のように、振幅が小さい間は安定ですが、振幅がしきい値を超えると急激に不安定化するという不安定性で、突発現象を理解する一つのモデルと考えられています。LHDでの発見と解析は、様々な分野で観察されている突発現象の理解を進める上でも一つの指針になることが期待されます。このように 非線形非平衡系である磁場閉じ込めプラズマの中には様々な興味深い現象が現れますので、その観測を通じて新しい学術領域の開拓を目指して研究を進めています。

(a)磁場の揺らぎの周波数スペクトルの時間変化。(1)がEGAM、(2)が突発的に励起された不安定性(これもEGAMの一種)。半周波数の不安定性が突発的に発生している。(b)それぞれの振幅強度の時間変化。(c)系のポテンシャルエネルギーの概念図。uは振幅、γは線形成長率、曲面は系のポテンシャルエネルギーを示す。例えば、成長率γが緑丸のあたりであれば、振幅Uが小さい間は安定(線形安定)であるが、振幅が赤丸で表すしきい値を超えると不安定になる(亜臨界不安定)。 (2)の振る舞いは亜臨界不安定性の特性と一致しており、理論的もEGAMは亜臨界不安定性として励起され得ることが示されている。

この話題に関する論文

  • T. Ido, et al., “Strong Destabilization of Stable Modes with a Half-Frequency Associated with Chirping Geodesic Acoustic Modes in the Large Helical Device” Physical Review Letters, 116, 015002 (2016) https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.116.015002
  • M. Lesur, et al., “Nonlinear Excitation of Subcritical Instabilities in a Toroidal Plasma” Physical Review Letters, 116, 015003 (2016) https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.116.015003
  • K. Itoh, et al., “Onset condition of the subcritical geodesic acoustic mode instability in the presence of energetic-particle-driven geodesic acoustic mode” Plasma Physics Reports, 42, 418 (2016) https://doi.org/10.1134/S1063780X16050056
  • 井戸 毅、「物理学この一年 流体力学・プラズマ物理 “高温プラズマにおける測地線音波の周期倍分岐”」 パリティ 2019年1月号 (丸善)